2005年05月16日

少数意見か、反社会的か

ブログでの主張のあり方に関して、興味深いブログ記事を見つけました。

人と違うことを言うしか自己主張できない人、あえて人と違うことを言う勇気 (「そのうちやりますって」)
要点は次のようなことでしょう。
1. 周りが眉を顰めることや、人と違うことを言うことで自己主張をするのは良くない
2. 「反社会的な意味で人と違う」ことと「検証作業」とは異なる
3. 自分で考えて書いた意見は大切にしよう

私自身、このブログでは少数意見に属する主張(つまり「人と違う」主張)を書くことが結構あると思います。ですから1.にはハッとさせられました。「人と違うことを書く」こと自体が目的にならないよう、今後も自戒してまいります。

3.の結論については、これはもう当たり前でしょう。

2.については、基本的に同意しつつも、少々引っ掛かる点があります。「傾聴すべき少数意見」と「反社会的意見」の間に、万人が納得できる境界線を引くのは困難だと思うのです。

たとえば、福知山線脱線事故のボウリング問題に対する主張は、リンク先の記事と私とでは異なります。
【関連エントリ】福知山線脱線事故と企業風土脱線事故報道の脱線
向こうの記事はボウリング問題は全面的に×という論調ですが、私の方は、会社の体質は改善すべきだが参加者を叩くのは良くないという主張です。少数意見かも、と思いながら書きましたが、反社会的とは思いません。でも、そう思う人もいるかも知れません

以前にも何度か書きましたが、一般に「どの立場から見ても絶対的に正しい」主張など滅多にありません。また、多数の人が支持する考え方が優れているとも限りません。ですから、少数意見大いに結構だと思うのです。どんなことでも書いて良いとは思いませんが、どこからがNGなのか、線引きは難しいと思います。

そんなわけで、犯罪(名誉毀損等)や犯罪に繋がる内容でない限り、自分で考えて書いた意見ならば何を書いても良い、というのが私の結論です。たとえ一部の人に「反社会的」だと思われたとしても、です。もし「反社会的」なブログを気に入らなければ読まなければ済むこと。

個人ブログの特徴の一つは、大メディアが読者に叩かれるのを恐れて書けないことでも書けること。私は、そのような利点を最大限に尊重したいのです。


posted by D Slender at 04:11 | ローマ | Comment(2) | TrackBack(1) | ネット問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラバ、ありがとう。
あなたの貴重な意見が、とてもうれしかった。
この話は前から暖めていたもので、続きがまだあります。
ちょこちょこ書き足していこうと思うので、またのぞいてください。


Posted by wings2003 at 2005年05月16日 06:46
返信が遅れました。
わざわざコメントありがとうございます。

>この話は前から暖めていたもので、続きがまだあります。
楽しみにしております。
Posted by D Slender at 2005年05月19日 01:01
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人と違うことを主張する意味。ネットは「便所の落書き」か?
Excerpt: ネットはある意味「言いたい放題」の世界だ。そのために一部から「便所の落書き」などと呼ばれることすらある。マスコミはなぜネット叩きに走るのか昨日、こんな日記を見つけた。私の言いたいことを優れた文章で主張..
Weblog: りゅうちゃんミストラル
Tracked: 2005-05-20 09:53
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