1ページめ|2ページ目
ここでの「炎上」とは、ブログ等に批判的なコメントが殺到する状態を指します。リンク先の記事は、炎上する原因と、炎上を防ぐための対策について詳しく論じています。これから、独自のブログ観を誇るD Slenderがこの記事を論評してみます。
伊地知氏は、炎上を起こすブログやSNSの例として、以下の4項目を挙げています。
1. いじめや反社会的な行為などを自慢するような書き込み
2. 意見が割れている微妙な問題に関して、知識があまりないにも関わらず、よく知っている風に書いてしまう
3. 根拠もないことで非難・侮辱したり、断言する
4. 身分を偽ってブログを書く(素人のふりをした企業のやらせブログ)
1.の実例として、皮膚病患者を「ミイラ」などと呼んだmixiの日記の例が引かれています。また、Webではないものの、猫殺しを新聞のコラムで告白したことで抗議が殺到した坂東眞砂子さんの件も内容的には該当するでしょう。この種の書き込みをする場合は、炎上覚悟で行わねばなりません。
ただ、「反社会的」書き込みに抗議して潰そうとする人々に、私は必ずしも同調できないのです。せっかくの少数意見を潰すのは勿体無いと思うからです。皮膚病患者の例にしても、少し時代を遡れば「反社会的」と見なされなかった可能性が高いと思います(日本には、ハンセン病患者を社会ぐるみで不当に隔離し差別してきたという歴史的事実があります)。時代や文化が変われば世間の病気観も変わることを思い起こさせてくれるという意味で、皮膚病患者の事例は存在意義があったと思っています。
2.と3.は、少し内容が被っています。知識があまりない問題に関して発言してはいけないとは思いませんが、根拠薄弱にもかかわらず断言するのは確かに良くないと思います。ちなみに、私がネットでの他者の発言に対し憤りを感じるのは大抵この場合です。
4.については、個人ブログには直接無関係だと思うので、ノーコメント。
そして、伊地知氏の記事の後半では、炎上を防ぐための方策がいくつか提示されています。
実社会には「空気が読めない人」と言われる人がいますが、そのような人は、ブログでも、コメントやトラックバックをしている閲覧者の怒りに火を付けて、炎上させてしまうことがあります。無数のコメントを全体的にとらえて一つの総意を汲み取り「みんなの意見は案外正しい」的な感覚で真しに受け止め、正しいと思うことは貫き、間違ったことは謝罪する誠実な態度が重要だと思います。
実社会で空気が読めない人はWeb上でも同様、というのは本当でしょうか? それはともかく「正しいことは貫き、間違ったことは謝罪」というのは、総論としては正しいと思いますが、全面的には同意できません。客観的事実誤認は絶対に訂正すべきでしょうが、主観的意見の「間違い」を謝罪するかどうかは、個々の判断に依るべきだと思います。そもそも「万人にとって正しい主張」や「誰が見ても間違っている主張」など滅多にありません。例えば、「猫を去勢するより子猫を殺す方がbetter」という主張は現代日本人の多くにとっては「間違い」でしょうが、地域や宗教信条が異なる人にとっては正しいこともあり得るわけです。
実名ブロガーや有名人ブロガー、もしくは企業ならば、圧倒的多数派の主張から外れないような気配りは必要でしょう。下手をすると生活に差し支えるからです。
しかし、私のような非有名人匿名ブロガーは、「間違っている主張」(圧倒的少数意見や、反社会的とされる意見)を書いても構わないと思います。ただし、超少数意見を書くこと自体が目的にならないよう、そう考える根拠を明確に述べておくことが望ましいでしょう。
自分で発言したが、都合が悪くなってしまったことや、都合の悪いコメントを削除した結果、閲覧者の反感を買い、Googleのキャッシュなどからその記載を「発掘」され、炎上につながることがあります。先に述べたように誤りがあった時には削除せずに率直に謝罪し、反対意見や批判的な意見は貴重な意見としてそのままにしておきましょう。
これも、匿名の個人ブログでは必須でないと思います。当然ながら、削除権はブログ主にあります。都合が悪い意見を削除する方が手間が掛からないのであれば、こちらを選択しても構わないでしょう。
伊地知氏は、記事を次のように結んでいます。
炎上は恐れるものではありません。反社会的な行為を自慢するような書き込みは問題外ですが、自分が正しいと思うことを、炎上を恐れるあまりに発言しなくなってしまったならば、ネットの世界は危機的な状況に陥るでしょう。
現実の世界でも、人に向かってはっきり言える自信があることは、ブログやSNSで発言すべきです。その結果、反論や批判的な意見があったとしてもそれは1つの意見であり、そのことに対しての自分の意見を述べ、議論すればよいのです。
その結果、誤りであったと気づいたことは率直に謝罪し、それでも正しいと信じることは主張するような自由な議論がそこにあることが大切だからです。そして、真しにこれらの人たちと議論し、お互いを理解できたならば、炎上は逆に、新しい支持者を大幅に増やすチャンスに変わるでしょう
前半には同意。リアルなメディアで滅多に読めないような大胆な主張や個性的な意見などが読めることが、ブログをはじめとするWebの大きな美点だと思っています。しかし、後半部分については疑問。議論するかどうかは個人の自由です。また、異なる主張を持つ人どうしが互いに理解し合う必要は必ずしも無いと思います(実際、理解し合うのが絶望的に困難な話題も多いと思います)。
伊地知氏は、ブログやSNSは「双方向コミュニケーションの場でなければならない」と考えているようですが、私はそういう考え方には大反対です。自分の意見をそのまま発信することを最優先に据える匿名ブロガー(私がその典型)も日本には数多く居るのです。後者のタイプの人にとっての炎上防止策としては「コメント欄やトラックバックを閉じる」ことも有効です。
全般的に、伊地知氏の主張は、実名ブロガーや企業や多数の支持を得たいブロガーにとっては概ね的確だと思われますが、それ以外のタイプのブロガーにあてはまるとは限らないと感じました。
ちなみに、当ブログでは、異論が出てもおかしくなさそうな主張(鳩殺しの擁護など)をエントリにするときは、最初からコメント欄を封鎖することにしています。また、このblogについてでは、「議論はしませんよ」と宣言しています。私への異論・反論があるときは、トラックバック経由でお願いします。トラバ返しはしませんが。
【関連エントリ】
コメント抹殺は言論弾圧ではない
少数意見か、反社会的か


