日本レコード大賞を主催する日本作曲家協会が、大賞受賞曲が満たすべき条件を次のように標榜しているのは周知の通りです(太字は引用者による)。
作曲、編曲、作詩を通じて芸術性、独創性、企画性が顕著な作品とする。優れた歌唱によって活かされた作品で大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映・代表したと認められた作品に贈る。
これから分かるとおり、レコード大賞は「歌手」にではなく、「楽曲」に贈られるべきものです。
さて、倖田来未の『Butterfly』という楽曲が「年度を強く反映・代表」したと言えるほどに「大衆の強い支持を得た」かどうか、大いに疑問です。何故なら、『Butterfly』のシングル売り上げは、昨年の年間ランキングTOP30にすら入っていないからです。85位です。
2005年 年間シングルチャート TOP30(ORICON)
シングル 年間ランキング TOP100(ORICON)
これほど売れていない曲が単独でレコ大を受賞した例は過去に無いのではないかと。
売り上げ枚数が少なくても、別の手段で「大衆の強い支持を得る」可能性は皆無ではありませんが、『Butterfly』がそこまで大衆に浸透したとは思えません。
「総合的に最も注目を集めた歌手の曲の中で最も売れた曲」という基準ならば倖田来未が選ばれるのは納得できます。実際、そんな感覚で選んだのでしょう。しかし、それはレコード大賞精神に反していると思います。
レコ大精神を遵守するなら、ケツメイシの『さくら』に贈る(たとえ授賞式に出てこなくても強引に贈る)のが最も妥当だったと思います。
レコ大受賞楽曲に関しては、1990年代頃から疑問符がつくことが多くなっていましたが、『Butterfly』の受賞により、レコ大の精神は決定的に自滅したように感じられます。
そもそも、近年はレコード大賞自体が大衆から見離されつつあります。原点に立ち返るか、逆に大改革するかしない限り、レコ大は凋落→廃止の一途を辿ることでしょう。個人的にはレコ大廃止でも構いませんが。ちなみに、大晦日は専らPRIDEを観ていました。



そもそも幸田サンという人がだれなのか知らないし。